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将棋の豆知識99〜100 光風社 将棋101話 転用

99奨励会の今と昔 -2016.5.01-

 戦後、大阪の焼跡を紺ガスリ姿の少年が歩くのを見た。それが、紺ガスリを着た少年棋士を見た最後であった。

 戦後は奨励会員を「紺ガスリ組」と称した。禅宗の修業僧の黒染衣と同じく、それは棋士修業者の「制服」であった。

 ある意味では、貧しさの象徴でもあった。質素を尊び、健気な心意気を胸にふくらませた希望の「象徴」でもあった。

 内弟子生活は厳しかったそうだ。使い走りから、風呂焚までした。それでも、大山康晴名人は、「苦しいなかで、肌で将棋を覚えたのがよかったのですよ」という。師匠・兄弟子という人間関係のなかで、喜びと悲しみを共に味わってきたという。

 時代と共に、人の心も変ってきた。紺ガスリを身につける者もいなくなって、奨励会なる名称だけはそのまま残っても、なか味は大きく変ってきた。

 戦前の青春時代に、日本の最後の自由主義教育を受けた私は、同時代の棋士の言葉に、たまらないほどにノスタルジアを感じる。「古いなあ・・・」といわれても致し方ないと観念して、ペンを走らせている。

 将棋界と縁を持つようになったのは、昭和21年ごろからである。いま花形棋士と呼ばれる多くの人は、そのころか、それからのちにか、記録係として相見えた当時の奨励会員である。

 戦後の棋界を振返ってみれば、奨励会の若人の思想も変ってきた。おおざっぱに申して、昭和30年ごろを境にして、大きく変ってきたように思う。

 そのころは、いまほどすべてに豊かではなく、同時に、いまほど世相の底にも不満はくすぶっていなかった。

 対局中は記録のペンをとりつつ、一心に手を読んでいた。感想戦に移れば、先輩の感想を一言半句も洩らさじと耳を傾けていた。持時間が7時間の時代だから、感想戦がおわり、あと片づけを済ませば明け方であった。

 昭和30年ごろから、夜明けの感想戦につき合う記録係は、目に見えてすくなくなってきた。若い身空に、生活の重みがずっしり掛っているのだということも、きいた。棋士を志したのに、「食べてゆけない!」とぼやく声も耳にした。

 紺ガスリ時代の人や、それからすこしのちの若人は、そんな言葉は恥ずかしくて口にしなかった。我慢強かった。

 いろいろと意見もあろう。反論もあるだろう。ただ、芸で生きる人間は、何はともあれ、人にぬきんでた芸を身につけることが急務であろう。盤上一途に打込めぬ少年期士は、たしかに気の毒である。しかし、奨励会員は、自ら進んでこの道を選んだ人たちではなかったか。

 ほんとうは、いまも昔も、人間の気持は変わらぬものと私は信じている。

100新曽呂利咄 -2016.6.01-

 あるとき、太閤さんは伏見のお城に、名人大橋宗桂を呼んで将棋を指すこととなりました。天下の第一人者となった太閤さんは、自分の思い通りにならないものはありません。将棋を指しても、名人宗桂にも負けないといい出して、それが、この日の対戦となったのでした。

 家来たちは心配しました。宗桂と指しては負けるに決まっています。負けると太閤さんは機嫌が悪くなります。機嫌が悪くなると、家来に雷を落とします。それが家来たちには困るわけです。

 家来一同が心配顔で対局が始るのを待っているあいだ、知恵者の曽呂利新左衛門だけは、にやにやしていました。家来たちが、「何か妙案がおありかな?」ときいても、ただ、にやにやしているばかりでした。

 いよいよ対局が始る時刻となりました。駒を並べ終ったとき、新左衛門は、つっと進み出て太閤さんに耳打ちしました。太閤さんは、「うん、うん」とうなずきました。

 手合割は、何と平手です。時の名人に平手で勝てる者は天下に一人もおりません。

 「予が先手で指すぞ」

 大軍を叱咤するような大きな声で、太閤さんはいいました。

 「恐れ入りましてございます」と宗桂は、うやうやしく頭を下げました。

 太閤さんは目を閉じて、しばらく考えてから、

 「そうじゃ。そちは名人じゃ。予のほうは駒を落としてよいか?」

 「結構でございます」

 「それでは、歩を一枚だけ落すぞよ」

 さっと飛車先の歩を取除きました。そんな将棋はありませんので、宗桂はびっくりしてしまいました。駒を落せば、こんどは上手の宗桂が先手で指す決りです。はて、どう指してよいものか、と宗桂は思案に暮れてしまいました。

 「そうじゃ。そちは名人じゃな。駒を落しても、予は先手で指してよいかな?」

 「結構でございます」

 天下人に対して、なんで宗桂が異議を申し立てることができましょう。けれども、太閤さんが飛車先の歩を落し、しかも、先手で指すといい出した瞬間、さすがは名人宗桂、曽呂利新左衛門のたくらみを読みとることができました。

 太閤さんは、勢いよく、2三飛成と成りこんで、かたわらの新左衛門を見て、にっこり笑いました。新左衛門は、にやにやして、目で、「それでよいのです」と合図をしました。

 宗桂は、いきなり角頭に飛車を成りこまれて困ってしまいました。大駒一枚を落すぐらいのハンディです。むろん、それくらいのことで負けるとは思いませんが、このあと、新左衛門がどんな知恵をつけているかわかりません。しばらく考えて宗桂は、

 「恐れ入りましてございます」

 と両手を畳について、平伏しました。

 太閤さんは手を拍って喜びました。そこで宗桂に御馳走を与え、そのうえ、「禄をとらせるぞ」と有難い御沙汰がありました。

 それからのち、世間の人びとは、先手が飛先の歩を落して指す将棋を「太閤将棋」と呼ぶようになりました。

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