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将棋の豆知識33〜34 光風社 将棋101話 転用

33 駒形の鑑札-2010.07.01-

 将棋用語は、数多く日用語と化している。同じように将棋の駒が、どれほど庶民の生活に融けこんでいるか。将棋の普及という面でも、一つの傍証となると思って調べている。

 質屋の看板や、町火消の目印に将棋駒形が用いられることは、すでに見てきた。ほかにも、数多く将棋駒形が庶民の生活のなかで生きづいていることが判ってきた。

 庶民金融の質屋とは対照的な「両替商」の看板は、「分銅形」とか、「寛永通宝形」をかたどっている。江戸でも、上方でも同じことである。しかし、その鑑札は、質屋の看板と同じく、将棋駒形となっている。

 由来を誌すものは未見だが、質屋の看板と同じように、「金になる、金銀にかへる」という縁起をかついだものであろう。

 そんなことから、旅をするときは、できる限り地方の資料館をのぞくこととしている。両替商の鑑札からヒントを得たわけだが、どうやら江戸時代は、「鑑札」のたぐいは、たいてい、駒形に作ってあることが明らかになってきた。

 一乗谷に「朝倉駒」を見に行った帰り、滋賀県の膳所藩資料館に案内してもらった。近江商人にゆかりの地だから、何かあるだろうと愉しみにしていた。期待したとおり、駒形の鑑札がみつかった。ただ、ガラス箱に展示してあって、詳しく調べることができず、心を残して辞去した。

 帰京して、しばらくすると、案内役を引受けてくれた滋賀県庁林務課の藤田貞行さんから、カラー写真が送られてきた。あのとき、私が見落していたものも撮影してあった。

 一枚は「飛脚株」の鑑札である。「三番 二文字屋万助」と墨書してあった。

 飛脚は、江戸時代に定置的な通信機関として発達した。継飛脚、大名飛脚、町飛脚の三つがある。二文字屋の鑑札は、町飛脚のものであろうか。京都に近く、東海道筋で交通の要衝であったその地方は、町飛脚はことのほか発達していたことであろう。

 あとの一枚は、米屋仲間の鑑札である。勝部村の米屋唯七のものであって、「膳所藩会計方」と墨書し、焼印を捺してあった。

 そうした将棋駒形の鑑札は、一般に「駒札」と呼ばれていたことも知った。

 その後も、いくつかの例を見た。四国の阿波藩は、特産の「阿波藍」を藩の専売品と定めた。江戸方面には、「関東売買株」があって、販売を一手に引受けていた。その江戸の「江戸十組藍玉問屋」の鑑札写しが残っている。やはり、将棋駒形である。文化六年の年号が見える。同じく「株札」も駒形に作り、文化十年の年号が読み取れる。

 いつか、テレビの時代映画で、鉄火場の光景を観た。清水次郎長が登場する場面で、熊手のようなもので駒札をかき集めていた。将棋の駒形に作ってあった。

 鉄火場でも将棋駒型を用いたのか。それを示す文献は、まだ見ていない。のちに、山本長五郎となった次郎長は、明治の代になって山岡鉄舟に愛されて、将棋の相手もしたという。

 将棋好きな次郎長なら、駒形の駒札を使っても可笑しくはないような気がした。

34 「象戯形」の錘-2010.08.01-

 釣の趣味人は多い。将棋界でも、関根茂八段は二十年の経験をほこる釣人である。東京の下町に生れ育ったその人は、郷愁を求めて茨城県の潮来方面に足を向けた。それが病みつきとなった。室内のゲームの将棋を職とし、運動不足になり勝ちな棋士には、

 「いいスポーツですね。勝負の憂さを忘れるにも、もってこいですからね」

 釣人は、趣味人らしく道具に凝る。竿はむろんのこと、小道具の一つ一つにも細かい心くばりをするという。

 昔から、そうであった。

 享保年間に、津軽采女という人が著した『河羨録』は、江戸近海の無二の釣書といわれて人気があった。いまでいう釣案内である。

 同書の「錘之部」には、二十一種の錘の図が載せてある。錘は、沈子ともいう。その名の通り、釣鉤を水底に沈めて水勢に流されぬようにするもので、鉄・鉛・銅・石などで作られている。

 采女が図示する二十一種は、小判形・八角形・的形・鱗形・茶釜形と多彩である。なかに「象戯形」というのがあった。

 南紀の海と川とに囲まれた田舎町で育った私は、子供のころは海釣も川釣も愉しんだが、ただ退屈しのぎの「子供の遊び」にすぎなかった。だから、錘についても、その本でさまざまなことを知った。

 錘は、釣場によって形を遊ぶという。角のあるのは水を堰き、平らのは地に吸いつくので、丸形を用いるらしい。「去り乍ら、丸は竿休みたる間、船中転廻り鉤さき爰かしこにかかりて悪敷故、砂金袋、亦は茄子形吉し」と采女は書く。五、六匁より一匁くらいまであって、「西国の人曰く、錘は銀を第一とす、真鍮の七度焼、是に次ぐ」とも書くが、釣人の好みと工夫で、さまざまに加工する。それがまた愉しい。海釣ともなれば、錘も百匁から二百匁ぐらいになるらしい。

 右の解説に従えば、「象戯形」は、海釣用の錘としては余り良形ではなかったということとなる。

 そこで、川釣の名人としても知られる作家の井伏鱒二先生にお訊ねすると、

 「もし、将棋型の錘というのがあったとすれば、それは淵釣に使ったものでしょうね。」

 「象戯形」の錘は、好事家のすさびというものであろうか。言葉のニュアンスとして、私はそのように感じ取った。

 采女は高家である吉良義央の女婿である。とすれば、禄高もすくなくはなかったろう。釣道楽で将棋好きな御隠居なら、わざわざ「象戯形」の錘を作らせて、その著に書き加えることもできただろう。そういう想像もしてみたくなった。

 淵釣は、川の淵で擬餌鉤を用いて魚を釣る一つの方法である。川釣なら、なるほど、安定感もあって、「象戯形」もその役を充分に果すことができただろう。

 いまは、「象戯形」の錘はお目にかからない。

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