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将棋の豆知識55〜56 光風社 将棋101話 転用

55鳥獣戯画 -2012.05.01-

 京都の高山寺に伝わる「鳥獣戯画」は、白描の戯画絵巻である。四巻のうち、猿・兎・蛙などの遊びを擬人的に描いた第一巻が、最もすぐれるというのが定説となっている。

 第一巻と第二巻は平安時代末期に成り、第三巻と第四巻は鎌倉中期になったとされ、鳥羽僧正の筆ともいい、また、いく人かが筆をとったともいわれる。

 時間的に見ても、第一巻から第四巻が成るまでには、百年近い歳月がすぎ去っているというが、専門的なことはよく判らない。私にとって大事なことは、第三巻に、将棋を指す戯画が見えることだ。絵図としては一番古いものであり、将棋史の解明には貴重な資料である。

 戯画であるので正確なことは判らないが、盤は紙製で、盤面は各七目と見える。駒も、いまの将棋と同じ形のように見える。いま角川書店版の「鳥獣戯画」を見て、私はこの文を書いている。

 図は、下僧三人と若い女が二人登場し、下僧と女が対局をする。解説の筆をとる五来重氏は、「女性は遊女かも知れない」と書き、「その女性と下僧の将棊は、下僧の敗色が濃い」とも書いている。「敗色が濃い」という断定は、どうであろうか。

 私は「鳥獣戯画」に見える将棋は、駒数三十六枚の「平安将棋」ではないかと考える。時代的に見ても、『二中歴』に記す将棋であることは間違いないであろう。

 『二中歴』の複写本を古書展で見た。余りにも高価で買うことはできなかった。将棋に関する記載は十数行にも及んでいる。

 残念ながら、私は『二中歴』の記述を正しく解することはできないが、駒の性能は、玉、金、銀、桂、香、歩も、いまの将棋と同じらしく見える。敵陣の三段目に入れば、「皆成金」と書くように、銀、桂、香、歩の駒は、三段目に入って「成金」となるルールとなっている。いまの将棋の原型を「平安将棋」に求めたい気が起るのも、そのせいである。

 駒は取捨てだ。「敵玉一将則為勝」と書いてある。たとえば、中将棋は「駒がれ」となって、玉二枚と成金一枚が残れば、成金のあるほうが勝ちとなる。古将棋はすべて、取捨てのルールであるから、駒の奪い合い(玉は取れない)をして、勝負を決したはずである。

 その意味では、単純なゲームである。中将棋は九十二枚と駒は多いが、取捨ててゆくうちに単純なゲームとなって勝負がつく。ましてや、盤面は七目で三十六枚の「平安将棋」では、あっという間に勝負がついてしまったのではないだろうか。

 そのころでは、「勝負」を好む人は、駒数六十八枚の「平安・大将棋」を指し、幼童や女性たちは三十六枚の「将棋」に興じたのではないだろうか。

 そういう推理をして、改めて「鳥獣戯画」を眺めて見ると、その将棋は、江戸時代でいう「はさみ将棋」のたぐいではなかったか、という気もする。

 対局者に、下僧と遊女らしき女性が描かれるのも、そのころの将棋遊びの実際を伝えるものではないか。いまのところ、私はそうした解釈をくだしている。

56優雅な中将棋 -2012.06.01-

 昭和五十年の春、NHKテレビ・文化展望の「将棋の世界」に、大山康晴名人と一緒に出演した。私は将棋と庶民文化について語り、大山さんは中将棋の紹介と解説をした。

 中将棋は、盤は各十二目、駒は九十二枚で、駒は取捨てのルールである。大山さんは、昭和十年代、木見金治郎門に入ったとき、その技法を教わった。いまの将棋は、縦に進む戦術なら、古い中将棋は横に活用する指し方をする。

 その中将棋から「駒を横に動かすテクニックと、じっと辛抱する指し方を学びました」と大山さんは語った。古今に例を見ない独得の大山将棋の謎を解く一つの手がかりになる、とそのとき私は気がついた。

 中将棋で、いまの将棋にない風変りなルールのいくつかを示すと、

 (一)盤面、駒がれ(盤上の駒が少くなる)になって、玉二枚、成金一枚が残れば、成金のあるほうが勝ち。

 (二)四段目に不成で入れば、つぎに駒を取るときでないと成ることはできない。

 (三)お手付をした駒は、必ず指し進めなければならない。

 (四)千日手は仕掛けたほうが手を変える。

 (五)相手が王手に気づかないときは、味方の玉を立てて、「失礼しました」といえば、勝ちとなる。

 取捨てのルールというせいもあるが、いまの将棋にくらべて優雅なゲームである。

 室町時代に誕生し、宮中でもて遊ばれ、いまの将棋が創られたあとは、上方の好事家に引継がれて余命を保ってきた。昭和十年代までは、大阪や京都でかなりの愛好者がいた。それらの人が故人となって自然にすたれ、いまは大山康晴名人が、その技法を承け継いでいる。

 古い文献としては、『言継卿記』天文十三年(一五四四)の条に、「亭主、矛中将棊一盤指之、持也」という記述が見える。

 文学作品のうえでは、一条兼良が文明八年(一四七六)に書いた擬軍記の『鴉鷺合戦物語』に出ている。巻四の九月二十六日の合戦で、靖武者は馬から落ちて討たれ、わずかに一騎当千の剛の者ばかりが戦い残った。その有様を見るに、

 ---かちまけせめたる中将棋の盤の上、ところ淋しく駒のあしなみ入り乱れて鳳凰はなりて八方を破り、飛鷲、角鷹は威を奮ひて、あたりを居喰いする其働きにも似たり・・・。

 「鳳凰」は成れば「奔王」となり、八方に走ることができる。「飛鷲」「角鷹」は、原位置を動かずに、他の駒を取ることができる。それを「居喰い」という。

 江戸時代のものでは、『好色一代男』をひっさげて上方の文壇に登場した井原西鶴の『武道伝来記』に、朝夕、中将棋を指す仲間のことを書いてある。

 それからあとは、あまり文芸作品では見られなくなった。いまの将棋におされて、年ごとに衰え、片隅に追いやられてしまったらしい。

 いまでも、指して見れば、なかなかに味のあるゲームである。テレビで紹介されたことがきっかけで、愛好者が増えつつあるらしい。古将棋のなかで、ただ一つ指し方が判る将棋であるだけに、その技法は守りつづけたいものである。

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