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将棋の豆知識39〜40 光風社 将棋101話 転用

39 通りもの-2011.1.01-

 川柳で吉原を詠んだ句は多い。何につけ、吉原は江戸の市民の関心事であった。その吉原を舞台にして、将棋を詠みこんだ句も、いくつか、みつかった。すでに書いた「香車先つくやうに出す柳橋」もその一つである。「はだか王」の項でも一句を紹介した。

 入王のやうによしのは堀へつけ(拾遺四編19・宝暦中)

 「よしの」は吉野丸の略で、隅田川で一番大きな屋形船の名。「よしの」というだけで、その名が判るくらいだから、よほど有名だったのだろう。「堀」は、山谷堀のことで、吉原から隅田川にかけての古い地名である。

 そのころは、吉原通いのことを山谷通いともいった。山谷堀には船宿が多い。船が多い。そこへ屋形船をつける情景を、「入王のやうに」と将棋の緑語で表現した。

 やかた舟歩づめのやうに取りまかれ(万句合・明和四年の投句)

 「やかた舟」を王将に見立てる。とすれば、取り巻く小舟は、歩兵ぐらいで、「歩づめ」にされた王将のように見える。

 句としては、ひねってあるが、江戸時代でも「歩づめ」は禁手となっていた。その禁手を使ってあるのだから、将棋のルールからいえば、ちと困りものである。

 小売をばいたしませぬとさしてゐる(二十五編4・寛政六年刊)

 もう、この時代は川柳の低迷期といわれる。そうした時代のものとしては佳句である。

 どこか、江戸の大問屋のひっそりとした見世の風景。小売などは致しませぬ、という格式を皮肉たっぷりに描き出して見せる。

 この句を雑誌で解説したとき、いく人かから異説が出た。

 「さしてゐる」は、「閉している」と解すべきで、句は、江戸中期の豪商である紀伊国屋文左衛門(紀文で知られる)が吉原を買切って大尽振舞いをした故事を詠んだという。

 投句者は、どちらをとるであろうか。

 もしも、紀文の故事を下敷きとしたものであるとすれば、

 金や角屋敷へまいて仲違い(傍初編49・安永九年刊)

 という句は、類句と見ていいだろうか。もっとも、大尽の紀文なら、仲違いさせるような愚は演じなかったであろう。

 『川傍柳』初編(安永九年)から五編(天明三年)まである。江戸の牛込御納戸町「蓬莱連」の句集で、朱楽管江が中心となって編集したという。

 通りもの将棊をさすもあハれ也(二編?・宝暦十三年の投句)

 「通りもの」は、粋な人、通人をさすが、洒落本の祖といわれる『遊子方言』(明和七年刊・田舎老人多田爺作)には、気障な人として登場する。川柳では、遊び人・博奕打の意に用いる。

 句は、遊び人が、もとでをなくして将棋を指している---さらっと解するのが自然のようである。

40 助言を言って-2011.2.01-

 緑台将棋に、助言はつきものである。江戸の昔から、「待った」と助言は、トラブルの原因となっている。そんなことから、将棋盤の裏の足は、助言を嫌って梔子の実を形どったといわれる。眉唾のいい伝えであるが、話としては面白い。

 また盤の裏には、所謂ヘソというものがる。助言する者は遠慮なく首を斬る。そのための血溜りだといい伝えるが、こちらは、こじつけも甚だしい。

 盤作りの技法からすれば、盤の裏側は空気に触れる面は少ないから、空気穴を作って盤の狂いを防ごうという工夫である。同時に、駒のひびきをよくする効果を狙っている。現代の盤師も、そう語っている。

 大昔は、火事とか集会を報せるために「板木」を用いた。板木には、ひびきをよくするために、必ず、ヘソが彫ってある。生活の知恵として案出されたもので、板木の原理が盤作りにも応用されてたものではなかろうか。

 助言は、将棋を題材とする滑稽本では、欠かせぬアクセサリーとなっている。落語にも、うってつけの素材である。

 天明三年(一七八三)刊の『軽口夜明烏』には、「流石は浪人」という話が見える。

 ---寄り合って将棋を指して居りけるに、浪人もの一人、朱鞘の大太刀をさしこばらかして見てゐて、毎度助言をいふゆへに、「ハテ仰せられな」といひさまに、扇にて頭を一つ叩きければ、かの浪人ものもいはず、座を立つて帰りぬ。

 それから一座が白けて、「さてさて気の毒なことかな。尤も助言をいふは至極悪けれど、侍の頭を叩くとは、あんまりなことじや。これは尻のこぬ先に、此方からあやまるがよからふ」と評判とりどりの所へ、かの浪人、兜を着てズッと通る。「南無三、大事じや」と騒ぎければ、かの侍座を占めて、「サアサアおさしなされ。なんぼ叩かれても、これではたしかじや」・・・。

 柳家小さん師匠は、将棋愛好家であり、現代にあっては古典落語を演ずる数少い人である。師匠は、この江戸小咄を種にして、「助言」という題で、ときおりは演ずる。以前、私は取材のために師匠をたずね、目の前で、その古典落語のさわりを演じてもらったことがある。

 いまは亡き大宅壮一も、野次馬評論家と自称する人らしく助言が好きで、かつて新聞の観戦記事に、「かつてまだ若くて脂がのりきっていた時の木村義雄名人に(まちがってはいけない、名人の側にですぞ)助言したという輝かしい記録を残している」と書いていた。

 慶安クーデタの由比正雪も助言癖があり、こちらは為に仲間割れして、秘密の計画が露見したという話が伝わっている。

 雨やどり助言を言つておん出され(万句合・明和四年の投句)

 助言は川柳向きの題材なので調べて見たが、一句しか発見できなかった。助言をしておん出されても、こっそり覗きに行ったことだろう。それが、将棋好きというものである。

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