将棋の豆知識59〜60 光風社 将棋101話 転用
59割れた駒 -2012.09.01-
将棋の駒は、ときたま割れることがある。そういうと、たいていの人は、「へえ?」と不思議な顔をする。初めは私も信じられなかった。
作り話だと思いこんでいた。大阪の北村秀治郎八段は、対局のとき、力いっぱい飛車を打ちおろした瞬間、プチッというにぶい音を発して駒が割れたという。
その話を耳にしたとき、北村さんなら、あり得ることかも知れないと思った。ちくどか北村七段の対局を観戦したが、闘志が燃えて盤も裂けよとばかり駒を打ちおろす。そんな人だから、駒を割った話は、いかにも北村さんに相応しい伝説のようでもあった。
その後、上京した北村さんをつかまえて、そのことをただして見た。
「ほんまでっせ」
と北村さんは、拍子抜けするぐらいもの静かな口調で、
「わての将棋は、闘志やさかいな。知らず知らずに熱中してしもうて、ぱんと駒を打ちつけるんですわ」
中年から棋界入りをした。闘志で高段をきわめた。御当人の口からその話をきいて、なるほど、北村さんらしい武勇伝だと感心した。
それから一年も経ったころであろうか。大和久彪七段と二見敬三六段の対局を観戦した。そのとき、私は席をはずしていた。昼の休憩時間に、記録係の少年棋士が、「駒が割れたので取替えます」と先輩に話をしているのをきいた。
さっそく、対局室に戻った。大和久さんにきくと、中盤の局面で飛車を打ちおろした拍子に、プチッとにぶい音がして、割れた駒が盤上で二つに散ったという。
「そんなに強く打ったのですか?」
「いえ、そうでもないですよ。飛車は、よく割れるんですよ」
温厚な大和久さんは、すこし照れているように見えた。
「北村さんも、飛車を割ったそうですね」
「そうですか。あの人ならね」
とすなずいて、
「割れる駒は決まっているんですよ。飛車か、銀か、香ですね。ほかの駒は、まあ割れるということはないでしょうね」
対局は休止となっている。大和久さんは、飛車の駒が割れる理由を語りつづけた。
専門家の使う駒は、盛上げ駒という。駒に文字を彫りつけ、それをウルシで埋め、さらにウルシを盛上げて、一見ウルシで文字を書いたように仕上げてある。
「駒を作るとき、何かの拍子で、深く小刀を入れすぎるのですね。飛車という字は、飛の—と車の—とが、ほとんどくっついている駒があるんです。駒の真中に小刀で、—を一本入れているような具合にね。そういう駒は長く使っているうちに、何かの拍子で二つに割れるんですよ。運が悪いんですよ」
記録係が新しい盛上げ駒を持ってきてくれた。並べ直しながら、
「それに、玉なんかは、力まかせに打ちおろす駒じゃありませんからね」
そういって大和久さんは、くッくッと笑い、駒を並べ終えて対局を再開した。
あとできくところによると、大和久さんは縁起を担ぐ人で、対局中に駒が割れたことをひどく気に病んでいたという。
二十年ほど前の話である。その大和久さんは、とっくに鬼籍に入った。なぜか、私には忘れられない棋士である。
60傷ついた盤 -2012.10.01-
囲碁の棋士からきいた話である。
朝、本因坊秀哉の家を訪ねてゆくと、屋敷の塀の辺りで、カーンと冴えた石音がして、「先生は御在宅だな」と判ったという。
将棋のほうでも、それに似た話をきいた。関根金次郎十三世名人のことであったか。だれだったか、はっきりは思い出せない。
専門棋士は、闘志が燃え上ると、ぱしっと駒を打ちつける。どんなに激しく打ちつけても、周囲の駒を乱したりはしない。
加藤治郎九段は、早稲田大学出身、学士棋士の第一号である。ものの見方も、他の棋士と異るところがあって、
「アマチュアの方で、棋力のほどが判らないときは、駒の持ち方で勝手に判断をつけます。まず、狂いませんね。駒の持ち方の上手な人は、だいたい強い人ですよ」
と面白い棋力鑑定法を明かしていた。
いつも、プロの対局を観るので格別気にとめなかったが、なるほど、駒の打ち方はアマチュアと違って所作も美しく、ぴしっと決まる。あの冴えた駒音は、私などでは出せるものではない。それに、あのように力をこめて駒を打ちつけても、盤を傷つけない。驚くべき「技術」であると感心した。
あるとき、まだ私が新聞社に勤めていて将棋担当記者をしていたころ、対局上の下見に、ある料亭に行った。自慢の盤を見せてもらったところ、盤面いっぱいに駒の跡が、まるで歯形みたいに残っている。
「こりゃ、ひどい!」
と思わず私は呟いた。
料亭の主は、私の指摘に驚き、「何十万もする盤なのに・・・」と絶句した。
何でも、お客が盤を貸せというと、盤が自慢なので、「とっときの盤」を出してやった。二度か三度、貸しただけらしい。それでも、素人が使うと、名盤も形無しになってしまう。
料亭の主は、
「削り直してもらいます」
としょげていた。
盤のことで思い出した。
木村義雄十四世名人のころ、打ちつけた駒が、つぎには取れなくて困っていた。挑戦者の大山康晴九段は、木村名人は手品が好きだから、「対局中でも、そんな遊びをするのかしら?」と首をかしげた。
あとで真相が判って、名人の闘志のすさまじさに一驚を喫した、と大山さんは語っていた。
専門棋士は、神経も繊細である。あるとき、升田幸三九段の対局を観戦した。終盤で時間が切迫するなかで、しきりに盤を覗きこんでいる。しばらくして、「この盤に傷が・・・」といって、指しつづけた。
対局が終って、私は升田さんのいう「傷」を調べて見た。発見しにくいので、記録係りの少年を呼んで一緒に調べ直した。わずかな傷らしきものが、片隅にあった。
専門棋士では、北村七段と大和久七段は盤に駒を打ちつけて飛車の駒を割ったことがある。そのときも、盤には、かすり傷すら残っていなかったという。
それが、プロ棋士の芸の一つというものである。